(はーん特別書くことも無いのだけれど
何か書いて今の事態を、イベントを、心理環境を残しておきたいと思う)
成長を見たいと思うなら少し目を離してみればいい、と聞きます。
また反対に気にかけていないポイントを探して成長を見てみるというのもいいと思う。
ということで試しにブログの最初の投稿文を恥ずかしながら引用してみようと思う。
『本日よりブログ開始。
学校来ずになにしとるん?と明らかに何もしてないくせにを醸しつつ訊かれたりするけど、何もしてないわけじゃないのだよ、実際には一日中家でテレビ見たり映画見たりパソコンいじりつつテレビ見たり、時たまふらふらホームセンターコーナンやら100均キャンドゥやらをうろうろしてコルクボード大人買いして喜んだり、残念な子を地で行ってる風だけど、、実は頭の中はフル回転なのうへーい。試しに先二週間以内に自分に課したやるべきこと一覧をつくってみたらね、軽く10項目はでたんです。わかりにくいと思うけどあえて中身はいわないけど **日までに**振り込むとか**のレポートやる、とかじゃなくて、なんかこう、アイデアを、絵を、発想を迫るような、そんな課題です。だから頭はフル回転。脳のしわ増えるいっぽうです。やっぱわかりにくいから一個出すけど、来週までにでっかい、けっこうでかい絵を描きたいと思ってるやつのイメージをださなきゃいけないんです、自分に対して。自分に課すぶんデッドラインはゆるめです。それは自己表現に留まってかちこまってな域を脱していないから。川上未映子はすごいなぁ。何がすごいかわからんな。川上未映子ならそれもぴたりと言い当てるんだろう。すごいなぁ。』
読んでの感想、、
一年前ですからもちろん大きな変化なんてないはずですけど、
やっぱりこの時と今とでは環境の変化はなかなか大きなものがあります、
ぱっと見、なんかこの時分の方が充実しているようで楽しそう。多少羨ましいですね。
「自分に対する課題」か。なるほど雲を掴む握力の強さみたいなものを感じます。
文体ももろに川上未映子さんの影響を感じる。悪いことではなく素直さを感じる。
・では現在と何が違うか?
まず先に述べた環境の変化、周囲の変化でしょう。一年前の何にも縛られること無い(少ない)状況。
強いてあげれば何かがしたい、しなければという内部からの拘束力。そこから発する握力。
そしてその環境の違いからからくる、関心・注力のベクトルの違い。
これは一概にどの方向が正しいとは言えない問題である。
敢えて言うならば、その尺度は「本人が満足して選択したか」で計るべきである。
そういった意味では、当時の彼は狭い視野ながらも満足した(自己趣向にあった)決断をしていたと思うし、
今にいたるまで環境に流されながらも自分の満足のいく決断をしてきたかと。
そして現在もその道を模索中であると思う。
あぁこれでは成長してねっか。
無論この人間の枠組み的成長はないとしても、知識経験は多少はつむことが出来たわけで、
そこは少しは評価してもいいか。
ただ、そんなものはたいした問題とはならんだろう。
結の論として成長しとらんてことがわかった。これだけでも一年間やってきた甲斐ってものかな。








