
ともかく酔ってもいるし、出先での更新だから
まどろっこしいし、散文になりますけど、
まず、こちらに来た意義の存否。
あり。といっていいと思います。
ですが、そのなに故を伝えるのはなかなかどうして至難の技。
さかのぼること二日前は、自分探しにも文化芸術にもあきて、
加えて社会的要請もあることやし、ここはいっちょ、
そんなこんや、あんさんのアイデンテテイだと掲げておった、
そんな文化芸術やら自分自身のこれまでの趣向とおさらばの旅にしたろか、
この東京日々を!!!!!!!
なんて想っていた訳ですけれども、
なんでかなあ、図らずもというべきか、当然わかっていたことというか。
最後の最後にやられてしまいました。
マミーズ。
ここで、ちょっと純文学風にその時の描写をやってみますね。
ーーー時間で言えば22時ごろ。会場につく。因みに少しひっかけている。この、ひっかけている理由は、前日から遠足の様な、いや違う、カンボジアに一人旅をする旅人が共通してかかえる不安と憧憬とサムシングを中和または助長させるためにひっかけているわけでは、ない。
重い荷物と着替えのためロッカーに入れよう。会場はふたフロアーあるものの、決して大きくはなく、ロッカーも必然的に小振りでしかも数が少い。
小振りな分はひとりだし構わないが、少ないのは問題である。これから主役の登場にむけて人で溢れることが考えられるし、何より今日はハロウィーンの夜だ。周りの人びとは(必ずしもそれはマミーズへの思い入れや、西欧の文化へのリスペクトではないことはあとで判然とするが)ただでさえ用心して着込んだストリートウェアの僕の恰好は不粋と言わざるをえない。こんなことなら実家にいるうちに二階から飛び降り足をギブスでガチガチに固めてくるくらいのほうが、目立ってしかもしっくりきたかもしれない。
案の定、どのロッカーもいっぱいである。しかもいくつかのロッカーには鍵がささっているにも関わらず、なかに荷物が入っているではないか。これはよくない。小銭がないのか圧倒的に貧しいのか判然とはしないが、二百円である、二百円で安心を買うさびたライブハウスのはしのソフト商品である、誰もとるまいと決めて掛かって、きちんと商品を購入したいおれの購買機会を奪う気ならばこちらにも考えがある。荷物はもちろんロッカー上に置かせていただく。
まず始めに観たジャッキー&セドリックス。名前は秀逸。演奏、楽曲ともに残念としか言えない。しばらくこうした音楽から離れていたためか?全く響いてこない。分が芸術との別れが現実味を帯びてきた。それにより少し哀しくなる。
つぎはthe5.6.7.8's。ゴロッパチ。ゴロッパ。ゴッパチ。呼び名は諸説ある。
ゴロッパチといえば高校自分から聴き続け、ロッキンでも飽きずにかけ続けた大好きバンド。
キルビルにでたんが有名。世間的にはそれだけだが、僕にとっては青春の一頁どころか見開き三頁カラー特集くらいの存在であり、見るのはなんと今日が初めてだ。
結論からいえば、歳くったのかなぁ。おれもあちらも。演奏はぐだぐだだし、なんかキラーチューン(というか、おれの大好きな曲ばかり。それはそれで嬉しいのだけれど。なんか、曲きめのプライオリティはむこうにあって欲しいと総てのファンはこころのどこかでおもっていると思う)ばかりで興ざめしてしまった。またしても次に控えるマミーズへの不安は高まる。
あいだに太った女のストリップショーがはさまる。意図がわからないが、頑張って主催側のきになってみる。こんなに集まるなんて、マミーズへの期待がこんななんてしらなかったの、という嘆きがきこえるうだ。それにしてもでて来るストリッパーがみな太っている。ストリップに最適な体型(なんてものがあるなら)とはそういうものなのか。だとしたら僕は一般的に想定されるストリップを観る観客からは異質なものであるということになる。だからってなんてことはないが。途中女からくわえていたタバコを受け取っていた男性に、『やあ、そのタバコはうまいかい?どんな味がする?』と訊ねると『ペルーでみた花のことを思いだすね。正確にはペルー人が皆知ってるだろう、そこではありふれた花の名前を、俺は知らない、そのことをの事態自体をね。』という夢想をしてみる。話しかければもっと面白い展開があっただろうか、まだまだである。
そんのこんなでいくつかの勝手な不安要素を抱えて、次はマミーズである。
登場までの数分前、アナウンスが入る。『マミーズサイドから前の柵を撤去して欲しい、それによる破損等は総てマミーズが負う。』というもの。なななんと。かっこ良すぎる登場の仕方ではないか。(ちなにまだ登場はしていないが。そせてもうひとつちなめば俺は気合をいれまくって最前まん中を陣取っていたが柵撤去でその努力は泡と消えた。)これは諸々の不安をいくらか和らげる材料となった。
そして
マミーズ登場。画質の悪いヴィデオでしかみたことのなかったマミーズが今手にとどきそうな位な場所にいる。もうこの時点でこの夜の勝利派決まってしまった。伝わりにくいだろうが、他に適当な言葉が見つからない、マミーズが目の前に、である。それだけである。
もちろん、想像と寸分狂わぬ完璧なヴィジュアル(そういえばこれほど美しい場面を僕は他にひとつ、ふたつしか挙げられ無い。どちらも愛する人と完璧なロケーション、そういえばいつだってこの二つがなくて困っている様にも感じる。)と大好きな曲ばかりで、大満足であったんだけど、それは、マミーズならそらそうなるわな、っていうどこまでも人任せな諦めにちかいエゴと、全幅の信頼ってか、俺の価値はあんた達でできてんだから、そらそうだわ、って感じ。最後まで頑なにジャスティン(1番のヒット曲かつみんな求めているかつ、米良美一でいうもののけ姫みたいな、いろんな余計な文脈が賦与された曲)をやらんかったってのも、残念ではあったが、やらないでくれて有り難かった。これからも猛烈に彼等を好きでいられるから。
文化か、おれ自身かしらんが、マミーズを含む何ものかを捨てるなんて考えた自分を恥じなければいけない。
長くなったのでこのへんにします。
最後までおつき合い下さりありがとう。